東京高等裁判所 昭和27年(う)1323号 判決
よつて、按ずるに、被告人に対する起訴状には公訴事実として、「被告人は家畜商を営んで居るものであるが、昭和二十五年七月二十五日頃、北海道空知郡上富良野町市街地家畜商六平健より同人所有の馬四頭の売却方を依頼せられ、同月二十九日内二頭を新潟県西蒲原郡巻町笹川金三郎に代金六万円で売却し、之を業務上保管中同月三十日同郡曾根町台丸旅館に於て、六平に右代金を引渡す際、擅に馬二頭を十二万円で売つたが日曜日で銀行もなく、買主より三万円丈内金として受取つた旨嘘の事を申向け、其場に於て残額三万円を着服横領したものである」とあつて罪名として業務上横領罪と、罪条として刑法第二百五十三条と、それぞれ掲記されているところ、検察官は原審第五回公判期日において、公訴事実を「被告人は昭和二十五年七月三十日新潟県西蒲原郡鎧郷村大字西汰上有坂伝一方から同人が一時北海道空知郡上富良野町市街地六平健より預つていた健の父六平健三所有の牝馬鹿毛及び青毛各一頭(価格合計十二万円相当)を窃取したものである」と、罪名を窃盗罪と、罰条を刑法第二百三十五条とそれぞれ、変更されたい旨を述べ、裁判所は右各変更を許可する旨の決定を為したことは、本件起訴状及び原審第五回公判調書の記載によつて明らかである。そこで、右公訴事実、罪名及び罰条の変更が適法かどうかについて考えて見ると、訴因の変更は公訴事実の同一性を害しない限度において、これをしなければならないことは刑事訴訟法第三百十二条第一項の趣旨によつて明らかであり、訴因の変更が公訴事実の同一性を害しないためには、最初の訴因と変更しようとする訴因とがその構成要件たる事実について相当程度重なり合つていることを必要とするものと解するのが相当であつて、このことは刑事訴訟法が訴訟審理の進行を規整する指導的機能を営み、とくに被告人の防禦の対象を明らかにする作用を有する『訴因』という制度を新しく取り入れたことから考えても当然のことといわなければならない。ところで、本件における変更前の訴因と変更後の訴因とを比較対照して見ると、右両者はその犯行の日時、場所、手段、方法、目的物件等が互に相違しており、その共通するところは、わずかに、他人の財物を不法に領得した点にあるのに過ぎないのであるから、かかる変更は、公訴事実の同一性の範囲を甚だしく逸脱していることが明瞭であり、到底これを単なる訴因の変更として処置することはできないものといわなければならない。されば、原審は検察官の請求にかかる前記公訴事実、罪名及び罰条の変更は不適法として却下し、変更前の訴因について審判すべきであつたのにも拘らず、漫然これを許可した上、変更後の公訴事実、罪名及び罰条に基いて審判したのであるからかかる原審の措置は刑事訴訟法第三百十二条第一項の規定に違反しており、到底不適法の誹を免がれざるものである。それ故、かかる訴訟手続に関する違法は判決に影響を及ぼすことは勿論であるのみならず、ひいては原審は審判の請求を受けた事件について判決をせず且つ、審判の請求を受けない事件について判決した違法をも敢えてしたことに帰着することにもなるのであるから、論旨は理由があり、原判決は破棄を免がれざるものといわなければならない。